2011年11月28日月曜日

311

けして忘れているわけではないが
感情が収めるために余り考えないようにしていた。

もう8ヶ月以上過ぎても実家に足が向かないのは
ほんとヘタレ以外の何者でもない。
ここ数日、別の事で思案していたが
それと一緒に津波の事を思い直している。

離れていても近くにいても
助かった人達の心に
”無力感”は少なからずあるだろう。
それを埋めるための募金だったり
ボランティアなのかも知れない。
当然そんな陳腐なものの為だけじゃなく
人道に則った人も多いだろう。

あくまでも自分の話。
無力感を解決するには
やはり”準備”しかないんだと。
永遠に無いと願う”次”に対し
出来るだけの対策と
最悪の想定に対するアクションを
練り、敷き、構えるべきと。

防波堤は無力だったのか?
否!
報道では無駄的な解釈多いこと。
湾岸整備は無駄だったのか?
否!
これも対費用効果も明確に出ていない。
それでも金の使い方を
大きく間違った地域には
甚大な被害が出ているのは間違いない。
青森・岩手・宮城・福島の少なくとも
100程度の港を実際に見た自分は
そう思える。
関東・東海・関西もそれなり見ているが
備えなど皆無な地域が多く
呆れることが多い。

ちゃんと調べて論理的に示すべきだろうが
今は止めておく。

岩手県は想定実験した沿岸12市町村の
津波浸水地域の浸水データを非公表とした。
好判断だと思います。
地価への影響を挙げていましたが
ホンネは違うのでは。
例えば信憑性。あくまでも想定という
作り話に過ぎない。
如何に膨大で正確なデータを
もってしても。
もう一つ挙げるとするなら
防災施設施工業者との折衝における
県側のスケールとして
隠し持つ必要があるだろうと。
また他都道府県に対する
配慮とも言える。
市議が私欲のために開示請求したとは
思えないし思いたくもないが
そういう類のデータであることを
認識した上で住民の利益・安全を
優先した行動だったと思いたい。

地方自治体には必要以上に
優秀な人材が揃っていることを
都市部の人間は理解していないだろう。
またその活用の場が異常に少ない
嘆かわしい事実があることも。

ここからは願望。
今出せない、これからも出せない
データの代わりに
全世界に対し有益なギフトを
きっと用意しているだろう。
それは善意に対する報いでもあり
感謝の心でもある、と。

とはいえそれを快く思わない自治体が
少なからずあるのも事実。
それでも出すと信じています。

えっと・・・
思うのだが今回に限らず
大災害のあった日は
暦に載せていくべきだと。
数百年に一度なら尚更。
人間は考えることもできるし
忘れることもできる。
暦に毎日災害が並んでも
それはそれで結構かと。






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