2011年11月21日月曜日

なんだかんだいって
日記でこういう事よく書いてしまう。
悪い人なのにね。
見方一つでどんなことも
悪にも正義にもなり得る。
でもね、道徳や良心においては
誰の利益にもならない選択肢がある。
それを正義といってしまっては
資本主義では誤りではないかと。
正義には利益を伴わなければ。
そこには主従や送受、主端等々、
明確な関係性を示し、その上で
平等を保っていくべきかと。
極端な話だが八百長だって
Bookがしっかりしてれば
みんながHappyでいられる。
つまり紛れも無い正義。
ねじ曲げ、囲い、無理を通す、
そういうプロセスが必要とされる
正義って多分無いと思う。
間違いなく誰にも見える一本道。
結末まで見える一本道。
でもね、道のりが結末を変えると思う。
罪を許す仕組みがないから
人は悪に手を染める、って
誰かが言ってた。
疑心が芽生えた時点で悪なんだと。
つまり正義は保つもので、
悪とは与えられるものだと。
この半世紀、凄まじい変化が
起こったのだろう。
その中ではたった10年といえども
世代間のギャップは大きく
もしかしたら理解し合えるレベルでは
本来ないのかもしれない。
先人が求めた長寿は
現在では公害ですらある。
死ぬ自由、殺す自由、
もしかしなくても正義なんだろう。
情の前に正義なんて・・・
情を捨て、正義を保つと
きっと平和になるんだろう。
情のせいで苦労している
どっかの61歳、
応援などしないが
一緒に扇を解シタイとは思う。

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