どっかのロボットアニメのテーマですね。
そんなタイトルの本もありました、多分。
DPRKのエライ人が亡くなったそうで。
それでなぜかこの言葉が思い浮かんだ。
人なんていってる事とやってる事が違うように、
思っている事も違って当然。
非戦は心の中で思ったり、
口にする理想や目標みたいなものだろう。
思いに反して様々な準備をするのも自然。
次期指導者は希望的予測だが
かなり早い段階でスゴイ声明を出すだろう。
名指しされるであろう、日本、アメリカ、ロシア、中国。
日露米中が協力しあって
国ではなく半島の再建のサポートしてこそ
過ちに対する責任だってね。
タラレバって不毛ですかね。そうは思いません。
もし日本が大韓帝国を併合していなければ・・・
きっと38度線でぶった切られることもなく
ソビエト、中国の影響・干渉を強く受ける国、
すなわちDPRKに半島全域がなっていたでしょう。
日本も間違いなく飲み込まれていただろうし
東南アジアも間違いなくそうだったろう。
太平洋・北極圏を挟んでの戦争、
宗教戦争でも領土戦争でもない
純粋な敵意のみの戦争、
無粋だが興味を持ってしまった。
そしてもし”本物の偉大な指導者”が
このエリアに現れていたなら
資本主義はアブノーマル!
なセカイになっていたかも知れない。
日本は戦って守ったセカイがある。
その時、そこまで考えていなくても。
韓国は失って得たセカイがある。
ロシアではなく日本、アメリカを選んだ
間違いなく目論見通りの。
選んだわけじゃないか^^;
DPRKにとって今は想定外のセカイだろう。
非戦、素敵な言葉である。
例え過ちであっても
何時の時代も戦う必要性はあるんじゃないかな。
戦った方がイイセカイのような気がする。
コロシアイでしか解決できない問題もあるはず。
それは幼い命が犠牲になろうとも
豊かな大地を荒廃させようとも。
でもそういうのを避ける考えとして
矛盾したり倒錯した戦争もまた
一つの非戦なのかなぁ、と。
0 件のコメント:
コメントを投稿