自然界で優劣を決めるのは何と言おうと暴力である。
人間界でも勝てば正義、負ければ悪である。
判官贔屓という上から目線過ぎる概念が罷り通る国では
強すぎる事は悪という、誤った思想すらある。
先人の行いにプライドを持てない国民とかどうなんだろう。
アンフェアな国を糾弾することを潔しとせず
戦いを選んだことが、例え一部の人間がとった愚策
だったとしても、知恵無き民が憂う類のものではない。
誤った情報も多数側が信じることで現実になる。
なら少数側の情報だけ拾ったら・・・
これが多数側の誤った情報で動いているのだ。
”ソースを示せ”
web1.0までは良く聴いた言葉。最近聞かないねぇ。
グーグル先生は何でも知っている、
多分そういうことじゃない。
良くも悪くも衝突を選ばなくなっただけかと。
嫌われたくない、好かれたい、それだけの為に
思想を選択するのは他人に多大な迷惑がかかる。
”ソースを示せって?”
宗教問わず所謂”教典”と呼ばれるものにある。
"教典の何処に書いてあるかって?"
全部読んで欲しいのだが、強いて言えば表紙やカバー。
”書いて無いじゃん!”
それでいいんじゃいない、私は嘘つきという事で。
耳を傾けるだけじゃ意味無いですから。
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